伊豆市所蔵美術品デジタルミュージアム
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騎馬武者 [きばむしゃ]

員数:
1面
制作年:
明治末
材質:
額・絹・着色
サイズ:
41.2cm × 114.8cm
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 松原に騎馬武者を描いたこの画は、軍記物に取材したものであろう。白駒に跨がり太刀を抜いて先頭を行く若武者は、赤絲威鎧(あかいとおどしよろい)に烏帽子(えぼし)をかぶり、半首(はつぶり)と呼ばれる面具(めんぐ)を着けて毛履(けぐつ)をはき、鞍には虎皮の切付(きっつけ)を用いていることから、上位の武士であることがわかる。胴丸を着けた薙刀の徒卒がこれに従い、少し離れて、林間にみえ隠れする騎馬武者の一団の中程には、鍬形兜の武将の姿がある。これら武者の風俗は源平合戦頃のものと思われ、甲冑の描写も巧みである。松林を進軍する図は「蒙古襲来絵巻」(13世紀)にみられるが、武者の描写や群像表現には「平治物語絵巻」(13世紀)の影響が窺われる。落款の書体は明治43年制作のNo.93「鶏合」に似ており、明治末の作と推定される。
 青邨は、明治45年の第17回紅児会展に、松原に騎馬武者を配した「須磨」を出品し、岡倉天心に色の濁りを取るよう指導されたと述べている。須磨の画題は、『平家物語』に記された一の谷合戦や、熊谷次郎直実と平敦盛の哀話の舞台として、合戦図屏風中に遺例があるが、そこには母衣(ほろ)を背負った騎乗の直実が、海に入ってゆく敦盛を、扇をあげて招く姿が描かれている。また青邨は、昭和44年に「須磨」(第21回清流会展出品)を制作しているが、これも同じ図様である。このように、須磨の画題に登場する直実の姿が本図には見られないことから、紅児会展出品作の「須磨」と断定するには至らないが、青邨の記述が本図と符号する点に注目したい。

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