伊豆市所蔵美術品デジタルミュージアム
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吉野決別 [よしのけつべつ]

員数:
1幅
制作年:
明治32年
材質:
軸・紙・着色
サイズ:
173.5cm × 93.0cm
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 明治32年の紫紅会に出品された靫彦の最初期の代表作である。『義経記』より取材した内容で、壇ノ浦合戦の後、頼朝の兵に追われ吉野山中に逃れた源義経(1159-1189)が、さらに奥州へ落ちのびる際、主君と別れてひとり残る家臣の佐藤忠信に、自らの金作りの太刀と緋縅(ひおどし)の鎧(よろい)・白星の兜(かぶと)を与えたという話を絵画化したもの。鎧をはずし烏帽子(えぼし)に直垂(ひたたれ)姿で中央に立つ義経、その前にひざまずく忠信は、鞆音のもとで学んだ有職故実に忠実に描かれている。しかし本図ではさらに、感情を抑えた義経の横顔や、手をつき頭を垂れる忠信の後ろ姿、柱の陰で控える弁慶の姿などに、彼らの別れの心情も表現されており、靫彦の関心が単なる武者絵から一歩進んで、人物の内面描写に向っていることがわかる。また『義経記』でのこの場面は、山中の雪の上での出来事であったのに対し、本図では場面が阿弥陀如来の堂宇の前に設定されている。そこには史実を重んじながらも、独自の創意を働かせて画面を作り上げる靫彦芸術の特性が既に表われているともいえよう。尚、この阿弥陀如来の結ぶ来迎印について、義経が死後、西方極楽浄土で再生することを暗示したものとの指摘もある。靫彦は義経を主題とした作品をたびたび描いており、この他の作例として「黄瀬川陣」・「平泉の義経」・「鞍馬寺参籠の牛若」などが挙げられる。

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